ただ、役者としての能力がないひとでも、問題なく遊べるように、いくつかの手法で定量化が計られている。
そこは自分たちの一番得意なはずの分野、アナログゲームのテクノロジーを援用した。
役者……同時に登場人物は、その演技力を表すひと組のカードの束を持っている。そこには役者の演技者として能力だけでなく、くせのようなものまで仕込まれている。と、同時に登場人物の劇中での能力やくせもだ。
これのカードを使って脚本に取り組むことで、プロの役者でもない我々が物語の登場人物として活躍することができるようになっている。
ただしうまくカードを使いこなせれば、大根役者の汚名……あるいは物語の途上での脱落、バッドエンドを迎えることになるだろう。
実のところパラレルアクトは一部のゲームによく似ている。根本のアイディアのいくつかはまさにそうしたゲームがもとになっているからなのだが、そうでありながら、パラレルアクトはやはりゲームではない。
パラレルアクトでは「うまくやらなければならない」ということはない。うまくいかなかったことも、それはそれで物語の展開のひとつのパターンとして楽しむことができるからだ。あくまでなんらかの勝利を目指す(敵を倒すでも、経験点を稼ぐでも)ゲームと違うのはそこだ。
舞台役者が同じ脚本を何度も演じることに楽しみを見いだすように、パラレルアクトのプレイヤーも一度結末までたどり着いた脚本を何度でも楽しめる。
「あのときこれがうまくいっていれば……」
「ここでこんな選択をしたら……?」
「別の登場人物が同じ脚本に挑戦したら?」
などなど、可能性は無限とまではいかないかもしれないが、広い。簡単には遊び尽くせないだろう。” —パラレルアクトという新しい遊び | 空想海軍 航海日誌